多くの人が寝静まった頃、深夜の東京を車で走る男性がいます。高山邦男さん、58歳。タクシードライバーとして働きながら、短歌を詠む歌人としても活躍しています。
彼と短歌との出会いは、中学生の頃。瞬く間にその世界へ引き込まれ、大学時代には短歌会で腕を磨きます。卒業後は製薬会社、病院での勤務を経て、33歳でタクシードライバーへ転身。運転手と歌人の二足のわらじをはいている今、認知症の母親を日中に介護しながら、深夜に車を走らせています。
「タクシーって、同じ人を2度乗せることはほとんどない。だから、一期一会を大切にしたい」と語る高山さんが、歌を詠むときに大切にしているのは「心の揺らぎ」。様々な人と出会い、乗せ、別れを重ねる職業だからこそ、心が揺らぐことが多いのかもしれません。
働きながら自分らしく生きるために大切にすべきは「心の健康」だと語った本取材後、「心の家」という題で、一通の歌が届きました。

「心を守れ」ぼくは確かに思ふけど懸命な人を傷つけをらむ

自身も懸命に働き、心の病と闘った過去があるからこそ詠める歌。深夜まで働く人を励ましつつも配慮を忘れない、高山さんの優しい人柄がのぞきます。
彼の初の歌集『インソムニア』の意味は、「眠れない人」「不眠症」。自身と同じく夜に生きる人々に、「どことなく連帯感を感じます」と語る高山さんは、今夜も眠れない人を乗せ、その心を歌であたたかく照らしています。